AIによる契約書チェックは非弁行為?リーガルテックに対する弁護士法72条の解釈とは
法曹
2025年10月31日
近年、科学技術の進歩が急速に進み、チャットGPTなどの AI(人工知能)が、さまざまな分野で活用されるようになってきました。
法律分野でも、AIを活用した判例検索サービスや、契約書チェックサービスなど、実用的なリーガルテックサービスが次々に生み出されています。
しかし、弁護士資格を有していない者が法律サービスをおこなう事は、弁護法72条でいわゆる「非弁行為」として禁止されています。そしてAI(人工知能)自体が弁護士資格を取得することはそもそもできません。そのため、AIによるリーガルテックサービスは、この非弁行為にあたる可能性があるとして、法律分野では利用を控える傾向にありました。
それでは、法務全般をつかさどる法務省は、弁護法違反の可能性があるグレーゾーンについて、どのように解釈しているのでしょうか。
この記事では、リーガルテックに対する弁護士法72条の解釈を軸に、法務省が令和5年8月1日に発表した、「AIを用いたリーガルテックサービスが弁護士法違反とならないためのガイドライン」の内容や、法律分野でのAIの今後の発展可能性について、わかりやすく解説していきます。
※なお、AIと弁護士の関連性についてはこちらの記事も参考にしてください。
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【目次】
1.リーガルテックに対する弁護士法72条の解釈
リーガルテックに対する弁護法72条の解釈を考えるにあたって、まずはリーガルテックや弁護法72条の内容について、正確に理解する必要があります。
1-1.リーガルテックとは?
リーガルテックとは、リーガル(法律)とテクノロジー(技術)を組み合わせた造語で、法律に関わる業務を正確かつ効率的におこなうことができる、新しいITサービスやツールのことを指します。
リーガルテックはさまざまな場面で利用されており、士業だけではなく、一般企業でもリーガルテックを導入して効率的に業務をおこなっているところが数多くあります。
リーガテックが導入される業務としては、たとえば次のようなものが挙げられます。
【リーガルテックが導入されている業務】
✔︎ 電子契約
✔︎ 契約書のリーガルチェック
✔︎ 文書・書面管理
✔︎ 契約書等の文書作成
✔︎ 登記や商標登録等の申請サポート
✔︎ チャットツールなどで個人の紛争解決をサポート
✔︎ 訴訟の際に必要となる証拠を収集するフォレンジック(情報収集)
✔︎ 判例検索・法令検索・弁護士検索
✔︎ 企業法務のマネジメント
✔︎ 案件管理などの法律事務所向けサービス
正確性が担保されるリーガルテックを導入する事で、業務の効率化を図る事ができ、品質の均一化や労働時間の是正を図る事ができるなど、さまざまな面でメリットがあります。
1-2.弁護士法72条の内容|非弁行為
弁護法72条では、弁護士でない者が、報酬を得る目的で、弁護士しか行う事ができない業務を行う事を禁止しています。
(非弁護士の法律事務の取扱い等の禁止) 第72条 弁護士又は弁護士法人でない者は、報酬を得る目的で訴訟事件、非訟事件及び審査請求、再調査の請求、再審査請求等行政庁に対する不服申立事件その他一般の法律事件に関して鑑定、代理、仲裁若しくは和解その他の法律事務を取り扱い、又はこれらの周旋をすることを業とすることができない。ただし、この法律又は他の法律に別段の定めがある場合は、この限りでない。
弁護士法72条|e-Gov法令検索
非弁行為にあたるかどうかのポイントは、次のとおりです。
【弁護士法72条に違反するかどうかのポイント】
● 報酬を得る目的があること
● 次の3つの行為のうちいずれかの行為をすること
①調停や訴訟の代理
②示談交渉の代理
③法律相談を受ける
「報酬」は、金銭だけでなく、金銭以外の何らかの形で利益を得ている場合も含まれます。
弁護士資格を有していない一般人が、相談料をもらって法律相談にのる行為は非弁行為にあたります。
一方、交通事故における保険会社の示談代行サービスなどは、示談金を支払うことになる保険会社が、自社の損失を少しでも少なくするために示談の交渉をおこなうものです。つまり、厳密には当事者のために示談交渉をおこなっているわけではありません。そのため、交通事故における保険会社の示談交渉は、非弁行為にはあたらないとされています。
1-3.AIによる契約書チェックは違法の疑いがある
契約書の作成や内容の精査などのリーガルチェックは、本来弁護士がおこなうべき業務であり、弁護士法72条の「鑑定」にあたる可能性があります。
しかし、契約書のチェックが、それぞれの個別的な事案における、具体的な契約の内容を精査するものではなく、あくまでも一般的な契約書としての性質を備えているかどうかのチェックであれば、「鑑定」には該当しないと解釈することも、不可能ではありません。
このように、AIによる契約書のチェックが非弁行為にあたるかどうかは、まだ確定的な結論の出ていない、グレーゾーンに属する話であるといえるでしょう。
1-4.各企業はリーガルテックの利用を控える傾向
昨年、ある企業が法務省に、「AIによる契約書のチェックは弁護法72条に違反しないか」と問い合わせたところ、法務省は「弁護士と弁護士法人が業務で補助的に使う場合でなければ違反の可能性が否定できない」と回答しました。
AIによる契約書のチェックが違法の可能性があることが具体的に発表されたことで、中小企業から大企業まで多くの企業がリーガルテックサービスの導入を控えることになり、さまざまな場面で混乱が生じました。
2.法務省が発表した「ガイドライン」とは?
非弁行為にあたる可能性が否定できないまま利用を控える傾向にあったリーガルテックサービスですが、法務省は令和5年8月1日、AIによる契約書チェックが違法にならないための「ガイドライン」を公開しました。
このガイドラインにより、これまでグレーゾーンとされてきた法律分野におけるAI技術の活用が一気に進む可能性があり、さまざまな場面で業務の効率化が進んでいくことが期待されています。
参考:AI等を用いた契約書等関連業務支援サービスの提供と弁護士法第 72 条との関係について|法務省
2-1.弁護士法72条違反にあたる可能性のある3要件
ガイドラインは、次の3つの条件を全て満たした場合には、弁護法72条に違反する可能性のある行為だとしています。
【弁護士法72条違反の3要件】
① 報酬を得る目的がある
② 権利関係に関する争い(事件性)がある事案である
③ 法律の専門知識に基づいて法律的見解を述べる「鑑定…その他の法律事務」にあたること
それぞれの要件について、詳しく確認してみましょう。
2-1-1.報酬を得る目的があること
①の「報酬を得る目的」について、たとえ報酬を得てサービスをおこなう性質のものではなかったとしても、無料サービスを通して有料サービスに誘導するような場合や、無料サービスサイトで広告収入を得ようとする場合であっても「報酬を得る目的」に該当するとされています。
そのため、多くのリーガルテックサービスは、この報酬を得る目的に該当することになるでしょう。
2-1-2.「事件性」がある
②の「事件性」については、「個別の事案ごとに、契約の目的、契約当事者の関係、契約に至る経緯やその背景事情等諸般の事情を考慮して判断されるべきもの」とされています。
たとえば、紛争の当事者間で和解契約を締結する場合に、その和解書を作成するサービスを提供する行為については、「事件性」のある「その他一般の法律事件(弁護士法72条)」に該当するとされています。
一方、親子会社やグループ会社間で業務フローを明確にするために契約書を作成する場合や、以前から継続的取り引きをおこなっている会社間での業務に関して、契約書のチェックをおこなう場合には、通常「事件性」はないと判断されます。
2-1-3.「鑑定…その他の法律事務」にあたること
③の「鑑定…その他の法律事務」について、契約書の作成・チェック・文書の管理が「鑑定…その他の法律事務」にあたるかどうかは、「サービスにより提供される具体的な機能や利用者に対する表示内容から判断される」としています。
その上で、契約書の作成・チェック・管理のいずれの場面においても、一般的な場面を想定したものではなく、個別の事案ごとに法的な処理をおこなうものである場合には、「鑑定…その他の法律事務」に該当する可能性があるとされています。
2-2.3つの要件に該当しても非弁行為とはならないための条件
ガイドラインは、たとえ3つの要件のいずれかに該当するとしても、次のいずれかに該当する場合には、弁護法72条には違反しないとしています。
【3要件のいずれかに該当しても非弁行為にはあたらないケース】
①本件サービスを弁護士や弁護士法人に提供し、弁護士が自ら契約書をチェックし、適宜修正する形で本件サービスを利用したとき
②本件サービスを一般企業に提供する場合であっても、役員である弁護士が①と同様の方法で本件サービスを利用するとき
このように、弁護士自身が契約書をチェックする際の補助としてリーガルテックサービスを利用する場合には、弁護士法72条に違反しないとしています。
2-3.ガイドラインを理解するポイント
ガイドラインは、その冒頭で「弁護士法第72条で禁止される、いわゆる非弁行為に該当するか否かについては、それが罰則の構成要件を定めたものである以上、個別の事件における具体的な事実関係に基づき、同条の趣旨(略)に照らして判断されるべき事柄であり、同条の解釈・適用は、最終的には裁判所の判断に委ねられる」としています。
つまり、ガイドラインは、AIによるリーガルテックサービスが非弁行為とならないための一般論を示しただけであり、具体的な事案における個別の判断をしたわけではないことに、注意が必要です。
しかし、これまでは「弁護法違反の可能性がある」と抽象的な回答しかしてこなかった法務省が、具体的な例を挙げて細かく判断枠組みを示したところに、大きな意義があると言えるでしょう。
3.ガイドラインによりリーガルテックの導入が加速する可能性がある
法務省が発表したこのガイドラインは、これまで法律分野でリーガルテックを導入することに二の足を踏んでいた企業に、新たな一歩を踏み出させるに十分なものになりそうです。
今回、法務省が発表したガイドラインは、契約書の作成・チェック・管理にフォーカスしたものとなっていましたが、法務省が示した判断枠組みは、法律分野におけるほかのリーガルテックの導入につき、同じように考える事ができます。
今まで弁護士がおこなってきた業務をAIがおこなう事により、業務の正確性を担保しながら、作業時間を軽減してより効率的な業務を可能にし、弁護士としての仕事の幅を広げることにつながるでしょう。
4.まとめ
これまで、AIによる契約書チェックなどの法律分野におけるリーガルテックの導入は、グレーゾーンとされてきました。しかし、法務省が発表した「ガイドライン」により、グレーゾーン解消の流れが一気に加速することになるかもしれません。
ガイドラインでいくつかの具体例が示されていますが、具体的にどのようなサービスであれば違法となるのかは、今後の動向を見守る事になりそうです。
たしかに、リーガルテックを導入する企業や弁護士法人が増えるにつれて、弁護士としての仕事の進め方は変わるかもしれません。
しかし、弁護士の業務全てがAIに取って代わられる訳ではなく、むしろAIを活用して効率的に事務作業をおこなうことで、依頼者とのコミュニケーションや相手方との交渉、裁判対応などの、弁護士本来の業務に時間を割くことができるようになります。
AIの普及が進めば進むほど、弁護士としての未来は明るいものになるといえるでしょう。
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